中国語のメニューをつくろうとすると、最初に「繁体字と簡体字、どちらにしますか」と聞かれます。同じ中国語なのだから、どちらでも通じるだろう。そう考えて片方だけを用意する店は少なくありません。
ところが観光庁の資料には、中国語を話す人であっても、普段使わないほうの字は読めないことが多いと書かれています。文字の選択は、見た目の問題ではなく、届く相手を決める問題です。
本記事では、繁体字と簡体字がどの地域で使われているかを整理し、訪日客の数と、飲食店が言語でつまずいている実態を公的統計で確認します。そのうえで、メニューとSNS発信で何を選べばよいかをお伝えします。
繁体字と簡体字は、使う地域で分かれています
中国語の漢字には、2種類の形があります。
- 簡体字……中国本土のほか、マレーシアやシンガポールで使われる、画数を減らした字体です
- 繁体字……台湾、香港、マカオで使われる、画数の多い字体です
この分かれ方は、観光庁の中国語スタイルマニュアルにも明記されています(出典: 観光庁「地域観光資源の多言語解説文作成のためのライティング・スタイルマニュアル(中国語)」)。
日本の漢字に近いのは繁体字のほうです。「営業中」は繁体字で「營業中」、簡体字で「营业中」と書きます。日本語の「広」は、繁体字が「廣」、簡体字が「广」です。同じ意味の言葉でも、字の形はかなり離れます。
中国語話者なら両方読める、とは限りません
飲食店で最も誤解されやすいのがここです。先ほどのスタイルマニュアルには、中国語話者であっても日常的に使用しない種類の文字は読めないことも多い、と書かれています。だから両方の文字で整備することが望ましい、と続きます。
望ましいとされる理由は、片方では読めない人が出るからです。簡体字だけを置けば、台湾や香港のお客様は読みにくい思いをします。繁体字だけなら、中国本土のお客様が困ります。
ただ、飲食店のメニューは観光地の解説文ほど長くありません。写真が主で、文字の役割は限られます。それでも料理名や食材、アレルギーの注記など、読み違えると困る部分は文字に頼ります。せめてこの部分は、両方そろえておきたいところです。
訪日客の数で見ると、繁体字を読む人のほうが多い状況です
どちらを優先するか迷ったら、実際に日本へ来ている人数で判断します。日本政府観光局(JNTO)の推計値から、2026年1月から7月の累計です(出典: JNTO「訪日外客数(2026年7月推計値)」)。
- 台湾……473万6,000人(前年同期比21.8%増)
- 香港……157万1,000人(同8.6%増)
- 中国……248万6,500人(同56.3%減)
台湾と香港を合わせた繁体字圏は約630万人で、簡体字圏である中国本土の約2.5倍にあたります。2026年7月の台湾は76万3,800人と単月で過去最高を記録し、初めて70万人を超えました。
中国本土の減少について、同じ資料は渡航を避けるよう促す動きがあったことに触れています。数字は年ごとに動きますので、この差を固定のものとは考えないでください。ただ現時点では繁体字の読者のほうが多い点は、優先順位を決める材料になります。
お客様が言語で困る場所の筆頭は、飲食店です
「うちは写真メニューがあるから大丈夫」と考えたくなりますが、観光庁の受入環境調査には別の景色があります。令和7年度の調査で、旅行中に困ったこととして「施設等のスタッフとのコミュニケーション」を挙げた人は15.4%、「多言語表示の少なさ・わかりにくさ」は10.9%でした。
注目したいのは、それがどこで起きたかです。スタッフとのやりとりで困った場所の1位は飲食店で38%、2位の鉄道駅・バスターミナル(27%)を大きく上回りました。困った末に諦めた人は31%います。3人に1人は、聞きたいことを聞かずに帰っている計算です。
多言語表示についても、困った内容が聞かれています。最多は「多言語対応されていない、表示言語数が不足」で67%、「誤訳があった」も20%です(出典: 観光庁「訪日外国人旅行者の受入環境に関する調査結果(令和7年度)」)。
誤訳の背景には、翻訳ソフトにかけたまま掲示している例があります。設定を切り替えずに作業すると、繁体字を指定したつもりで語彙は簡体字圏のもの、という状態も起こります。字を変換することと、その地域の言葉に直すことは別の作業です。
同じ繁体字でも、台湾と香港では言い回しが違います
繁体字を使う地域のうち、台湾では台湾華語(マンダリン)、香港とマカオでは広東語が日常の言葉です。先ほどのスタイルマニュアルも、香港繁体字と台湾繁体字では用語や表現が若干異なるとして、狙う市場を決めたうえでどちらを整備するか選ぶよう求めています。
メニュー程度の分量であれば、台湾向けの繁体字で香港のお客様にも読んでいただけます。字が同じだからです。ただしSNSの投稿は話し言葉に近く、言い回しの差が「地元の人が書いた文章かどうか」として伝わります。どちらの市場を主に狙うかを先に決めてから、書き手を選んでください。
SNSの発信は、文字の選び方がそのまま届く相手を決めます
メニューは店に来た人が読むものですが、SNSの投稿はまだ店を知らない人に届けるためのものです。ここでは文字の選択がさらに重くなります。使う媒体そのものが地域で分かれているからです。
- 台湾・香港……Instagramが広く使われており、投稿は繁体字で書かれます
- 中国本土……GoogleやInstagramが原則として使えず、RED(小紅書)で店を見つけ、大衆点評(口コミと地図のアプリ)で確かめる流れです。文字は簡体字になります
繁体字の投稿を中国本土の人に見せる手段は限られ、簡体字の投稿が台湾・香港の人の目に触れる機会も多くありません。媒体と文字はセットで動きます。台湾・香港向けの発信は台湾・香港向けInstagramのページ、中国本土向けはRED(小紅書)のページと大衆点評のページでそれぞれ扱っています。
韓国のお客様はNAVER(韓国最大級の検索・口コミ媒体)のブログを読んで店を選びます。くわしくはNAVERブログのページをご覧ください。
飲食店は、この順番で進めると迷いません
- 来ているお客様を確かめる……予約や決済の記録で、台湾・香港と中国本土のどちらが多いかを見ます
- メニューは両方そろえる……料理名・食材・アレルギー表示だけでも繁体字と簡体字の2種類を用意します
- 字の変換で終わらせない……その地域の言葉を使う人に一度読んでもらいます
- 発信は市場を1つ決めてから……媒体と文字がセットで決まるため、絞るほうが早く進みます
- 店名の表記を統一する……媒体ごとに揺れると、検索したときに同じ店だと分かってもらえません
2番までは今日からでも着手できます。3番以降は人の手が要りますので、狙う市場を決めてから取りかかってください。
まとめ——文字の選択は、届く相手の選択です
繁体字は台湾・香港・マカオ、簡体字は中国本土で使われる漢字です。観光庁の資料が示すとおり、中国語話者でも普段使わないほうの字は読めないことが多く、片方だけでは読めない人が出ます。
訪日客の数では、2026年1月から7月の累計で繁体字圏が約630万人と、中国本土の約2.5倍でした。受入環境調査では、やりとりで困った場所の1位が飲食店の38%、困った末に諦めた人が31%です。メニューの文字は、この取りこぼしを減らす手立てになります。
RED BOOSTは、台湾・香港のInstagramクリエイター、中国のREDインフルエンサー、韓国のNAVERブロガーによる来店型PRと、大衆点評の運用支援を行っています。どの市場に、どの文字で発信するかの段階からご相談いただけます。