「インバウンド対策をしたい」と考えたとき、多くの店がまず手をつけるのは英語メニューの用意やキャッシュレス決済の導入です。実際に必要な準備であり、後回しにすると来店客に不便をかけます。
ただ、ここには一つ落とし穴があります。これらはすべてすでに来店した人に向けた準備だという点です。準備を整えても、店の存在を知らない人が来るようになるわけではありません。
そこで本記事では、飲食店のインバウンド対策を「受け入れ」と「露出」の二つに分け、それぞれをチェックリストの形で整理します。数字はすべて公的な調査から引いています。まずは、訪日客が実際に何で困っているかを見るところから始めます。
インバウンド対策は「受け入れ」と「露出」の二つに分かれます
飲食店のインバウンド対策として語られるものを並べると、性格の異なる二種類が混ざっています。
- 受け入れ整備……多言語メニュー、注文方法の説明、キャッシュレス決済、アレルギー表示、席の案内など
- 海外露出……海外の人が使う検索・口コミ媒体に店の情報を載せ、現地の言葉で読める記事や投稿を増やすこと
この二つは効き方がまったく違います。受け入れ整備は、来店した人の体験を良くします。海外露出は、来店する人の数そのものに働きかけます。
どちらが大事かという話ではありません。片方だけを進めても手応えが出にくい、という話です。受け入れ整備だけを進めると「来た人には喜ばれるが客数が変わらない」状態になり、海外露出だけを進めると「来てはくれるが体験が追いつかない」状態になります。
以下では受け入れ整備から順に、公的調査の数字を手がかりに具体化していきます。
【受け入れ編】訪日客が実際に困っているのは何か
観光庁は毎年、主要5空港で出国前の訪日客に対面調査を行っています。令和7年度の調査は令和7年11月18日から令和8年1月13日にかけて実施され、有効回答は4,110件でした。
「今回の訪日旅行中に困ったこと」への回答は次のとおりです(複数選択)。
- ごみ箱の少なさ……17.2%
- 施設等のスタッフとのコミュニケーション(英語が通じない等)……15.4%
- 観光地や地域の混雑……12.9%
- 交通機関の利用……11.3%
- 多言語表示の少なさ・わかりにくさ……10.9%
- クレジット/デビットカードの利用……10.7%
- 入国手続き……10.3%
「困ったことはなかった」は43.7%でした(出典: 観光庁「令和7年度『訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート』調査結果」(PDF))。
困った場所を聞くと、飲食店が上位に並びます
同じ調査は、困った人に対してどこで困ったかも尋ねています。飲食店に関わる3項目を抜き出すと、次のようになります。
- スタッフとのコミュニケーションに困った場所……飲食店が38%で最多(2位は鉄道駅・バスターミナルの27%)
- クレジット/デビットカードの利用に困った場所……飲食店が32%で最多
- 多言語表示に困った場所……飲食店が24%(鉄道駅構内と並んで最多)
店舗単位で見れば、一部の来店客の話です。ただ、困りごとが起きる場所としては飲食店が繰り返し先頭に来ています。裏を返せば、この3点に手を打つだけで改善できる余地が大きいということです。
【受け入れ編】明日から着手できるチェックリスト
先ほどの3項目に沿って、優先度の高いものから並べます。設備投資を伴わないものから始めて構いません。
1. 言葉が通じない場面を減らす
- 注文でよく使うやり取りを10個ほど書き出し、対訳を印刷して手元に置く
- 翻訳アプリを1つ決め、全スタッフが同じものを使えるようにしておく
- おすすめを尋ねられたときの答えを、あらかじめ決めておく
- 指差しで完結する注文表を用意する(会話量そのものを減らす発想です)
2. メニューを読める形にする
- 写真を添える。言語の違いを超えて伝わる情報量が最も多い要素です
- 英語に加え、来店の多い国の言語を足す。台湾・香港向けは繁体字、中国本土向けは簡体字で、同じ中国語でも文字が異なります
- アレルギーや食べられないものに関わる食材(豚肉、アルコール、生魚など)を明記する
- コースの流れ、追加注文の方法、提供までのおおよその時間を書いておく
3. 支払いでつまずかせない
- 使える決済手段を入口とレジに掲示する。使えないものを事前に伝えることも同じくらい重要です
- 現金のみの場合は、その旨を予約時と入口の両方で示す
4. 予約と席の案内
- 予約の可否、キャンセル規定、来店人数の変更可否を、英語で1枚にまとめておく
- カウンターのみ、喫煙の可否、子ども連れの可否など、店の前提条件を先に伝える
ここまでが受け入れ整備です。多くの店がこの範囲で「インバウンド対策は済んだ」と考えます。しかし来店数の話は、まだ一度も出てきていません。
受け入れ整備は、来店のきっかけまでは作りません
受け入れ整備が効くのはすでに来店した人に対してです。店の前を通りかかった人、口コミを見て来た人、同行者に連れられて来た人——いずれも、来店という行動が先に起きています。
そして訪日客の満足度は、もともと高い水準にあります。観光庁のインバウンド消費動向調査によれば、日本滞在中に「日本食を食べること」をした人のうち満足したと答えた人は95.2%でした。飲食の体験は、すでに評価されている領域です(出典: 観光庁「訪日外国人の消費動向 インバウンド消費動向調査結果及び分析 2025年 年次報告書」(PDF))。
では、店はどこで選ばれているのか
同じ調査で「出発前に役に立った旅行情報源」を尋ねた結果は次のとおりです(全国籍・地域、複数回答)。
- SNS……43.3%
- 動画サイト……39.6%
- 個人のブログ……23.9%
- 日本政府観光局ホームページ……12.2%
上位を占めるのは、いずれも個人の発信です。旅行者は日本へ出発する前に、現地の言葉で書かれた投稿や記事を読み、行き先の候補を絞り込んでいます。
ここに自店の情報がなければ、どれだけ受け入れ準備を整えても候補に入りません。受け入れ整備は来店後の体験を支える施策であり、来店のきっかけは別のところで作る必要があります。
【露出編】まず、国ごとに使われている媒体が違います
露出を考えるときに最初につまずくのが、国によって使われている媒体が違うという点です。日本で当たり前に使われているものが、相手の国では使えないことがあります。
- 韓国……NAVERが検索と口コミの中心です。旅行前の店選びもNAVER上で行われます
- 台湾・香港……Instagramでの発見が強く、繁体字で書かれた投稿が読まれます
- 中国本土……Google・Instagram等は原則として利用できません。発見はRED(小紅書/シャオホンシュー)、来店前の確認は大衆点評(ダージョンディエンピン)という導線が一般的です
つまりGoogleマップの整備だけでは、届かない市場が残ります。まずは自店にとってどの国が現実的な候補かを決めることが先です。
市場の大きさを確かめる
日本政府観光局によると、2026年7月の訪日外客数は3,442,100人で、前年同月比0.1%増、7月として過去最高となりました。台湾は単月として過去最高を記録し、初めて70万人を超えています(出典: 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数(2026年7月推計値)」)。
どの国を狙うかは、立地・客単価・提供する料理によって変わります。近隣の同業店にどの国の客が多いかを見ておくと、判断の材料になります。
【露出編】海外露出のチェックリスト
受け入れ編と同じく、着手しやすい順に並べます。
1. 現状を測る(費用はかかりません)
- 自店の名前を現地の言語で検索してみる。韓国語ならNAVER、中国語ならREDや大衆点評で試します
- 店名の現地語表記は、漢字をそのまま使うより日本語の読みを音で写した表記が使われることがあります。両方で検索してください
- 記事や投稿が何件出てくるか、いつのものかを記録する。これが露出の出発点になります
2. 情報が載る場所を作る
- Googleマップの店舗情報を最新にし、写真と営業時間を整える。使う国は限られますが、基礎として必要です
- 狙う市場の媒体に店舗情報の掲載場所があるか確認する。中国本土向けであれば大衆点評の店舗ページがこれにあたります
3. 現地の言葉で読める記事を増やす
- 自店の発信だけでは限界があります。旅行者が参考にしているのは、店の告知ではなく第三者が書いた体験の記録だからです
- 来店した海外客に、その国で使われている媒体への投稿を案内する
- 現地に住む書き手に来店してもらい、母国語で発信してもらう方法もあります
4. 依頼して書いてもらう場合の注意
対価や便宜を伴って発信を依頼する場合は、広告であることがわかる形にする必要があります。令和5年(2023年)10月1日から、広告であるにもかかわらず広告と判別することが困難な表示は景品表示法違反となりました。規制を受けるのは依頼した事業者側で、依頼を受けたインフルエンサー等の第三者は規制の対象になりません(出典: 消費者庁「令和5年10月1日からステルスマーケティングは景品表示法違反となります」)。表記のルールは依頼の時点で明確に決めておいてください。
二つを並行して進めるための考え方
受け入れと露出、どちらから手をつけるべきかという質問をよくいただきます。実務的には並行して進めるのが現実的です。理由は二つあります。
一つは、露出の成果が出るまでに時間がかかることです。記事や投稿が読まれ、旅行の計画に組み込まれ、実際の来店に変わるまでには間があります。その間に受け入れの準備を進められます。
もう一つは、露出が先行しすぎると体験が追いつかないことです。せっかく来店してもらっても、注文が通らず支払いでも手間取れば、その体験がそのまま書かれます。口コミは良い体験だけを選んで残るわけではありません。
おすすめの進め方
- 受け入れ編のチェックリストのうち、費用のかからない項目を2週間で片づける
- 並行して、狙う市場を1つに絞る。最初から複数を追わない
- その市場での自店の露出量を測り、記録する
- 露出を増やす手段を1つ選び、3か月単位で結果を見る
- 来店が増え始めたら、受け入れ編の残りを埋める
1つの市場に絞るのは、成果の見極めをしやすくするためです。同時に3か国へ手を伸ばすと、何が効いたのかが判別できなくなります。
まとめ——順番ではなく、役割の違いとして捉える
本記事の要点を整理します。
- 飲食店のインバウンド対策は受け入れの準備と露出の準備に分かれ、効き方が違います
- 訪日客の困りごとを場所別に見ると、コミュニケーション(38%)・カード利用(32%)・多言語表示(24%)のいずれでも飲食店が上位に挙がっています
- 一方で受け入れ整備は来店後の体験に効くもので、来店のきっかけは出発前に読まれる情報の側にあります(SNS43.3%、動画サイト39.6%、個人のブログ23.9%)
- 露出は国ごとに媒体が異なるため、狙う市場を決めてから手段を選びます
- 依頼して発信してもらう場合は、広告であることがわかる表記を事業者側の責任で用意します
受け入れ整備は無駄ではありません。ただ、それだけでは客数の話にならないというだけです。二つを役割の違いとして捉え、片方に偏らないように進めていくことをおすすめします。
RED BOOSTは、韓国・台湾・香港・中国それぞれの媒体に合わせた来店型PRを、これまで数十店舗の飲食店とともに進めてきました。どの市場から着手すべきか迷われている場合は、各サービスページもあわせてご覧ください。